2016.05.26

愛の話

人を好きになるときにふと思うことがあります。

それは本当にその人を愛しているのか?

愛しているというのは好きになるとは違うと思います。
好きなだけであれば相手のことも好きにしたくなる。
けど愛しているとなると、相手の方との
あいだに流れる空気のようなものや間やタイミングという時間やお互いの立場や仕事。そういう自分の力ではどうすることもできないことが大人の世界にはた~くさんあって、それを好きにしようともせず見守り、たのしみ、歩む。そんなことを自由にすることができます。


愛というのはモラルや倫理観という人が勝手につくった枠では測りきれない。これも人間の持つ素敵なパワーなのも事実です。

愛には自分の都合がなく、それはふたりの間に起こるすべてをおてんとうさまが決めていてふたりで乗り越えていく課題をちゃんと与えてくださったり。また、ふたりにとって至福の時間を贈ってくださったり。
すべてが相手との時間を通じてこの毎日を生きながらたくさんのことを経験し成長させてくれるものです。

だからと言って、いつも相手のことを優先するのとは違います。
相手のことも意識しつつやっぱり自分が最善と思える決断をすること。
それを決断する自由を持っています。
だから愛は勇気が必要なんです。

単なる好きには勇気なんていらない。
好きには同時に嫌われたくないという意識が働きます。
嫌われたくないと思えば、結果、自由を相手に奪われていきます。

そんな不自由さの中で人を愛することなんてできない。

自分がひとりの人間として生きているならば、相手もひとりの人間として生きています。

価値観や人生観の違いはそう簡単に埋まるものではないですが、それはどこかの時間で交わることもあればまったく噛み合わないこともあるでしょう。
きっとそんなもんなのです。


だから愛を感じることができたなら、今だけのことにやきもきせずにちゃんとふたりにとって適切なタイミングが来ることを信じて、どんなに離れていても自分はここにいるよ!って相手を安心させられるようになっておくことが実は大事なんじゃないかな?


愛は相手をコントロールするものではないです。
愛は自分を育むものです。

愛という大きなエネルギーに支えられている
そう感じれば自信になります。

どんな人にも愛はあります。

それは真剣に人を「好き」になることからはじまるのも事実ですね。